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「抜かば切れ 抜かずば切るなこの刀、ただ切ることに大事こそあれ」

ってね。抜いてただの脅しに使うもんじゃないんだよ。
抜いたら切る。その覚悟があってこその魂。
その覚悟もなく刀を抜いたんだから、切られても文句はいえない。
そして切るときは、必ず息の根を止める。

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「日本人の怒り方」 レベル0:嫌味を言うニートな2ちゃんねらー日記 (via chikuri)

(nobby0-0から)

正念場、正念場☆
後から振り返ると良い思い出にしかなんない人生。悪くないんじゃない?
わたしも明日から試される場面へ。自分で開いた、開かせた扉だからそこへ突撃するのに微塵もの躊躇もない。
いつもと変わらない景色とけだるい暑さを感じながらいつものように偉そうと言われる姿勢で全員ぶっ飛ばしちゃう☆

今週は大西の結婚パーティー☆
おれも少しだけ結婚したい☆

なに?出産?
夏は会えそうにないかねぇ。

そろそろ出発かね☆

生活にはたまにのスパイスがちょうどいいみたい。

私は毎日鷹の爪でも大丈夫。

お気をつけて、頑張ってください〜☆

物事には限度というものがあって言い換えると多分強度。

どんだけぶんまわしても壊れないおもちゃだと思って毎回ぶんまわせる快感になれてしまっていたけどそれは相手の強度、強く引っぱられても引っぱり返したりできる強さがあるからであってわたしが出会う音楽家全員がそうではないという事。この強度っていう言葉はもうひとつバランスという言葉にも置き換える事が出来ると気付いた。

つまりだ、強度が足りない人と演奏した場合はこちらがきちんとバランスをとらないといけないって事。これすなわち仕事。いやそれは飛躍しすぎかな。でも自分のしたい事が出来ないっていうのはイコールそういう事だと思う。

恵まれているのか浅はかなのかは置いといてそういう人達と出会えて求めてもらえて幸せであるという事。

でもきちんとバランスをとる事によろこびを感じる事が出来ればまたひとつステップを上がれるのかな。

流石に2年連続で1位をとると請負人だね〜なんて言われて、最初は当然の事ながら「いやいやただ1位を取れる人に選んでいただいただけですよ」とか言っていたけど伴奏で演奏自体が死んでいる人もいたのよ、あなたがしっかり演奏できているからソリストはそこに乗っかって良い演奏ができるのよ。なんて言われてまたあやうい方向へ行きそうになったけど。

来年から伴奏賞ができるかもしれないそうで。そういう事に一役買えた事を含めてオレの人生すてたもんじゃねーな。

あの世に持って行く絶景を必ず見つける!

hannahagostaillustration:

My first gif ever! Eighty frames with ball point pen.. so tedious but it was a fun learning process. 

まあつまりこういう感じね。

hannahagostaillustration:

My first gif ever! Eighty frames with ball point pen.. so tedious but it was a fun learning process. 

まあつまりこういう感じね。

よくわかっているつもりでも生活がかかっていようがおかまいなく芸術家でなくとも音楽家としての生き様ってのがあるはずで。

やりたい事は腹心打ち明けずとももちろんあるわけだからそういうのを見せて欲しいな。湯水の如くやりたい事ってのは出てくるわけじゃないんだし、だけども重箱の隅かごみばこのカドの見えない埃のごとく気付かずになんとなく仕事や生活をしていると、欲があった事さえ忘れてしまって向かうべきが保身ゆえのゴールなき道をただ歩くだけ、というか降りられないエスカレーターに搭乗しちゃうんだろうと。

わたしは聞きたいわけですよ。

誰だって構わないから自分が何者で、何を考え、そして今というこの時間にどうして生きているのかっていう証明の舞台を。

感動じゃね?

見回したらいつものようにいつもの音をただ出すだけで知らず知らずのうちに劣化していってなんか下手になったね、って言われるのはごめんなの。自己完結の人生じゃないから。

でもきっとそういう姿勢ってのは音に出るんだと思う。

言わない事が美徳なんだけど言わないと伝わんないし、音楽は別だって思うんだろうけど、言わないと始まらないし、言わないと終わらない。語るのが言葉であっても音であっても。

10月はノルウェー♪

もう最後の挑戦というか、ストイックの限界に立ち会ってきます。

誰かを助けるもしくは手伝うってのに理由なんてないし、そういった行動をするのに理由も意味も必要なくて。

自分にとって面倒くさい事ってのは山ほどあって、でも他人にとっては些細な本当に些末な事らしく引き受ける理由も断る理由もないから行動するというか。引き受ける理由があるとしたら頼まれたからという事なのかな。

誰かにとって自分自身が助けになるのであれば喜んで引き受けるんだけどそれをやったからってそこに信頼関係って生まれなくて。

何かを率先して行動を起こすってのは意外と大変で、でも行動を起こしたのならその大変さってのは見えてちゃいけなくて。その行為によった結果誰かを助けているのであればそれは副産物のようなもので本来の目的の物と関係のない物で。

ぐちゃぐちゃ言ってもだけど、助けるって行為は繋がるモノで今度はその人に助けられたりする。知らない間にそういった他人が増えていくのは意外に悪くない。

中にはただのビジネスパートナーとしての関係性に収まる人達もいるけど。

自分の性格は面倒くさいなって常に思っていて、それにしては意外なくらい周りに人がいてくれて感謝なんてしてはいないけど恵まれているなと心から。

なんで周りに人が集まるんだろうね?

なんて聞かれたんだけどなんでだろうね。

とても幸せな事です。

「わくわくする!」

これが演奏前に感じる最上の感覚かどうか、良い演奏が出来るための下地かどうかはわからないけど、これが味わえないのならワタシの人生はいらない。

こういう感覚って誰にだって日常と非日常の行き来の中で必ず味わえる感覚なんだと思う。

これを味わうために生きているわけじゃない、けどそれを沢山味わえる人生がいい。いいでしょ?

何が起こるかわかんない、いいじゃないか。

いつだってオレは行き当たりぴったし!

ほ、本腰?え、エロイね☆

同期の既婚者って誰かいたっけ。シュワイ!?いたねー☆元気かな。

あー、シュワカモトさんか。びっくりー☆違うかな。

明日はラフォルジュルネ滋賀だ!オレ出るんだぜ!(無料コンサートだけど)でも東京みたいに有象無象が垂れ流す無理矢理コンサートじゃねーんだぜぃ!噂って怖いけど噂って大事ね☆でもこうやって仕事が増えるってのが普通なんだろうね。道のりは険しく楽しいね☆

最近は強度というものが大事だなと思っていて、どれだけの強さを持っているかで舞台で演奏する際における本来の力の発揮力に繋がると思う。

音楽の強度って響きが結構気に入っている☆

期待値ってのは音楽を共にするにしても、面と向かって話すにしても必要なこちらから相手に期待しているいわば人間としての強度だ。

日本に帰ってきてから沢山の人と出会い沢山の人と時間を共にして、ドイツでの生活なんて自分のホンノ一部分でしかなくて、いやそら一部分なんだけど、でもそこで培われた自分の中の人、特にこれから共にするかもしれない期待させられる人に対して求める物ってのは、やっぱりある一定のラインというのが引かれていて。

それはこちらで勝手にひいている物だし、そんな事を知りもしない人達にとっては迷惑千万なんだけど、ストイックさとか音楽に対する姿勢とか自分の未来に対する不安とか、その人間らしさのすべてが僕にとっては物足りなくて。

わたし自身の未来はこうなりたいとかああなるべきだとかいう具体像はやっぱなくて、酒を呑みながらおいしい料理を食べている所しか想像できなくて。

自分自身ではコネクションを作っているつもりはなくても、相手が私を求めてきたらそれはれっきとした自分で作り上げた物で誇っても良いんだろうなと思う。自画自賛だけどね。

自分で選んだ道に誰かがよってくれる。それだけで幸せなんだけどやっぱり僕にはなにもかもが足りないままなんだよね。

いっそのこと土下座でもしてみたら?道は開けるんじゃない?

って言われたけどまあそういうこっちゃないんだしね(笑)

でもやっぱり戻れるのなら戻りたいよね☆

あの頃と同じでちょっとだけ違う今のわたしと今のあなたと。